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​やまとことば.jpについて

ことばの音から、
日本と自分を見つめ直す。

やまとことば。

日本で古くから使われてきたことばを、一音一音の響きから見つめていくと、そこには自然の捉え方、人とのつながり、古事記の世界、そして私たち一人ひとりの名前へと続く、奥深い世界が見えてきます。

yamatokotoba.jpは、ことばの音を入口に、日本人がどのように世界を見てきたのか、そして今を生きる私たちは自分自身をどう見つめることができるのかを探っていくサイトです。

やまとことばとは何か。

一つの音には、どのような働きがあるのか。

なぜ古事記には、あれほど長く不思議な御神名が記されているのか。

そして、生まれたときから数えきれないほど呼ばれてきた私たちの名前と、ことばの音には、どのような関係があるのか。

古典、ことば、現代の研究、そしてやまとことばの音義による読み解きを行き来しながら、一つひとつ考えていきます。

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このサイトで大切にしていること

やまとことばや言霊について調べていると、とても魅力的な説や解釈に出会います。

一方で、古い文献に実際に書かれていること。

後の時代に生まれた解釈。

現代の研究から分かっていること。

そして、やまとことばの音義から読み解かれてきたこと。

これらは、必ずしも同じものではありません。

yamatokotoba.jpでは、できる限り、古典や史料から確認できること、現代の研究や辞書などから確認できること、

やまとことばの音義による読み解き、そこから生まれる現代的な考察を区別しながら紹介していきます。

音義による読み解きを、現代言語学によって証明された事実として扱うこともしません。

かといって、古くから伝えられてきたことばの世界を、単なる昔話として片づけることもしません。

原文に戻り、ことばに耳を澄ませ、異なる視点を行き来しながら、

「このことばには、どのような世界の見方が映っているのだろう」

と考えてみる。

そのための場所でありたいと思っています。

名前の音と、その人が歩んできた人生とを結び直す。

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読み解き、伝える人

​やまとことば姓名師・言本師

​山本幸臣(Yukio-mi YAMAMOTO)

林英臣氏に師事し、やまとことば一音一音の意味と、その音義による古事記・姓名の読み解きを学んできました。

現在は、やまとことばについての執筆、講演・セミナー、古事記の読み語り、そして名前を入口に自己理解を深める「やまとことば姓名鑑定」を行っています。

私が長く探究してきた問いは、

「日本人の精神性の根っこには、何があるのだろう」

ということでした。

その問いを追いかけていくうちに、行事文化から古代へ、縄文文化へ、そして「ことば」へと関心が広がっていきました。

そして今、その問いはもう一つの問いへとつながっています。

「では、自分自身は何を大切にし、どう生きるのか」

日本を知ることと、自分を知ること。

その二つを、やまとことばを通して見つめています。

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日本のことを、
​自分の言葉で語れるだろうか。

会計検査院に勤務していた頃、私は国の事業を検査するため、日本全国のさまざまな地域を訪れ、海外へ出張する機会もありました。

北から南まで、それぞれの地域で暮らす人の話を聞き、その土地の産業や自然、文化、歴史に触れる。

そして、海外から日本を見る。

そうした経験を重ねる中で、次第に一つの思いを持つようになりました。

「日本の素晴らしさや独自性を、私は自分の言葉で語れるだろうか」

海外に出れば、日本について尋ねられることがあります。

けれど、考えてみれば、私は日本で生まれ育ちながら、自分の国の歴史や文化について、知っているようでほとんど知らなかったのです。

各地には、それぞれ異なる自然があります。

そこで育まれてきた産業があります。

祭りや風習があります。

そして、それらを次の世代へ受け継ごうとしている人々がいます。

こうしたものに触れるほど、

「日本とは、いったいどんな国なのだろう」

という問いが深くなっていきました。

そして、さらにその奥に、

「日本人の精神性の根っこには、何があるのだろう」

という問いが生まれました。

「日本人の精神性の根っこ」
を探して​時代を遡っていった

日本のことを学び直そうと思った私が、最初に向かったのは、年中行事の世界でした。

正月、節分、雛祭り、端午の節句、お盆、月見。

私たちが何気なく繰り返している行事には、季節の移ろい、自然の恵みへの感謝、祖先への思い、家族の無事や子どもの成長への願いなど、人々が長い時間をかけて受け継いできたものが表れています。

ところが、年中行事を学んでいくと、もう一つのことが見えてきました。

現在まで伝わっている行事文化の多くは、もともと日本列島にあった風習だけで成立しているわけではありません。

古くからの季節の営みや祈りに、大陸から伝わった暦、節日、仏教や宮廷文化などが重なり合いながら、長い時間をかけて現在の姿になってきたものが数多くあります。

そこで私は考えました。

「日本人の精神性の根っこを知りたいのであれば、そうした文化的な融合が進む以前まで、さらに遡ってみる必要があるのではないか」

そうして関心は、より古い時代へ、そして縄文文化へと向かっていきました。

文字による記録がほとんど残されていない時代に、日本列島で暮らしていた人々は、自然をどのように捉えていたのか。

生命をどう見ていたのか。

人と人とは、どのようにつながっていたのか。

もちろん、縄文時代の人々の精神世界を、そのまま知ることはできません。

だからこそ、遺跡や遺物、祭祀の痕跡など、さまざまな手がかりから考えていくことになります。

そんな探究を続ける中で、私が出会ったものの一つが、やまとことばでした。

言葉というものは、ある日突然、誰か一人によって作られたものではありません。

その土地で暮らす人々が、自然を見、人と関わり、何かを感じ、それを伝えようとする中で、長い年月をかけて育ってきたものです。

だとしたら、

日本人が古くから世界をどのように見て、何を大切にしてきたのか。その痕跡は「ことば」の中にも残っているのではないか。

そう考えたことが、私がやまとことばを深く学び始めるきっかけになりました。

これは、「縄文人が現在のやまとことばを話していた」という意味ではありません。

私が関心を持ったのは、もっと大きな問いです。

人々が長い時間をかけて育ててきた言葉の中には、その人々が世界をどう捉えてきたのかが、どのように表れているのだろう。

その問いを追い続けています。

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一音の意味から、
古事記の世界が動き始めた。

その後、林英臣先生のもとで学び始め、私が強く心を動かされたのが、

「やまとことばを、一音一音の意味から読み解く」

という世界でした。

一音一音の意味を考えるとき、手がかりの一つになるのが、私たちの身体です。

息はどのように流れるのか。

喉、舌、唇はどう動くのか。

口はどのように開くのか。

音は、頭の中だけで生まれるものではありません。

私たちの身体の動きによって生まれます。

その発声の仕組みと響きから、一音一音の働きを捉えていく。

そして、その音義をもとに古事記の冒頭を読み解いていきます。

古事記の冒頭を開くと、

天之御中主神
高御産巣日神
神産巣日神……

と、現代の私たちには聞き慣れない御神名が次々と現れます。

普通に読めば、難しい神様の名前が並んでいるようにも見えます。

ところが、その名前を一音一音の意味から読み解いていくと、

宇宙が生まれ、

動きが起こり、

世界が次第に形を現し、

生命へとつながっていく。

そんな壮大な物語として、鮮やかに見えてくるのです。

私にとって、それは大きな驚きでした。

それまでの「やまとことば」は、古い日本語について学ぶ対象でした。

しかしここから、

「日本人は、ことばを通して世界をどのように捉えてきたのだろう」

という、私がずっと探究してきた問いと結びついたのです。

もちろん、こうした音義による古事記の読み解きは、歴史学や現代言語学によって確定された、古事記の唯一の解釈ではありません。

だからこそ原文や研究とも照らし合わせながら、

「こう読むと、何が見えてくるのだろう」

と考えていく。

私は、そこに大きな面白さを感じています。

このサイトの「読みもの」も、そんな姿勢から始まっています。

名前もまた、
生まれた時から響き続けている「音」だった。

やまとことばの音義と古事記の読み解きを学ぶ中で、林英臣先生からもう一つ学んだのが、一音一音の意味から人の名前を読み解く、「やまとことば姓名鑑定」

でした。

そこで私は、改めて考えました。

古事記に登場する神々の名前を一音一音から読み解くのであれば、私たち自身の名前は、どうなのだろう。

私たちは、生まれたときから名前で呼ばれています。

家族から。

友人から。

先生から。

仕事で出会った人から。

一生の中で、自分に向かってこれほど繰り返し響くことばは、そう多くありません。

ここで私は、一つの答えを決めてしまいたいわけではありません。

少しだけ、ご自身で考えてみていただきたいのです。

生まれたときから何千回、何万回と自分に向けて響いてきた名前の音は、自分に何らかの影響を与えていると思いますか。

それとも、

まったく影響していないと思いますか。

私は、どちらが正しいとこちらから決める必要はないと思っています。

そこには、少し余白があっていい。

ただ、自分の名前を一音ずつ見つめ、その音から読み解かれる働きと、自分がこれまで歩いてきた人生を重ねてみる。

すると、

「確かに、自分にはそういうところがある」

「そういえば、昔からこれを大切にしてきた」

「これまで別々だと思っていた経験が、どこかでつながっているのかもしれない」

「本当は、自分はこう生きたかったのかもしれない」

と、こちらから答えを与えられるのではなく、その人自身の中から言葉が生まれることがあります。

私は、それをとても大切にしています。

名前だけで、その人の性格や人生、未来が決まるとは考えていません。

名前は答えではなく、

自分自身を見つめるための、一つの入口。

そう捉えています。

「日本人とは何か」から、
​「私はどう生きるのか」へ。

私はもともと、

「日本人の精神性の根っこには何があるのだろう」

という問いから、この探究を始めました。

ところが、やまとことばを学び続けていると、その問いは次第に、自分自身へ返ってくるようになりました。

日本人が何を大切にしてきたのか。

そのことを知るだけではなく、

「では、自分は何を大切にするのか」

という問いです。

そのことを考えるとき、私が大切にしているやまとことばの一つに、

「まこと」

があります。

やまとことばの音義では、「ま」という音から、表面だけではなく、その奥にある本当のところ、本質へ向かう働きを読み取ります。

私たちは今でも、

真、誠、正に

という言葉を使います。

また、

間を取る
間がある
間に合う

というように、「ま」は、物事そのものだけではなく、人と人、物と物、出来事と出来事の「あいだ」にある時間や空間も表します。

「丸い」「円か」ということばからは、全体が一つにつながる姿も見えてきます。

つまり「ま」には、

本当のところを見る。
表面だけでなく、本質を見る。
そして、物事を取り巻く時間や空間、全体まで含めて捉える。

そんな方向性があると読み解きます。

そして「こと」は、

「言葉」のことでもあり、
「物事」のことでもあります。

自分が本当に大切だと思っている「こと」。

口にしている「こと」。

そして、実際に行っている「こと」。

それらが、ばらばらになっていない。

自分の本当のところと、言葉と、生き方ができるだけ一致している。

私は、それが、

自分自身の「まこと」を生きる

ということなのではないかと思っています。

人からどう見られるか。

何が正解なのか。

何をすれば間違えないのか。

そうした外側の基準だけで自分の人生を決めるのではなく、

「私は、本当は何を大切にしているのだろう」

と、自分自身に問いかける。

そして、それを少しずつ言葉にし、その言葉に沿って生きていく。

「日本人とは何か」を知りたくて始めた探究が、

今は、

「私は何者で、どう生きるのか」

という問いへとつながっています。

やまとことばについて講演する際のイメージ・山本幸男み
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受け継いだ音義を、
一人ひとりの人生へ。

現在は、やまとことば姓名師・言本師として、やまとことばについて読み、調べ、書き、語るとともに、一人ひとりのお名前と向き合っています。

私がお伝えしたいのは、単に、

「この音には、こういう意味があります」

という知識だけではありません。

一音一音の働きを手がかりに、その方がこれまで歩んできた人生を振り返り、ご自身でもまだ言葉にしていなかった持ち味や価値観、人との関わり方を見つめていくこと。

だから、やまとことば姓名鑑定では、名前だけを見て結論をお伝えすることはありません。

お話を伺いながら、これまでの経験や想いと、名前から読み解かれるものを重ね合わせていきます。

その中で、

「だから、この仕事に惹かれてきたのか」

「そういえば、ずっとこれを大切にしてきた」

「この経験も、自分の中ではつながっていたのかもしれない」

「これからは、この持ち味をもっと大切にして生きていこう」

そんな言葉が、ご本人の中から自然に生まれてくることがあります。

私は、その瞬間に立ち会えることに、この仕事の大きな意味を感じています。

やまとことば姓名鑑定は、

「あなたはこういう人です」と答えを与えるためのものではありません。

名前を一つの鏡にして、自分自身の人生を見つめ直す。

自分は何を大切にしているのか。

どんなときに、自分に偽りがないと感じるのか。

これから、どのように生きていきたいのか。

そのことをご自身で確かめていくための、対話の時間です。

そして、その人自身が、

自分の「まこと」を生きていく。

そのための小さなきっかけを、名前の響きからお渡しできればと思っています。

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プロフィール

​山本幸臣(Yukio+mi YAMAMOTO)

  • Webサイト「やまとことば.jp」の運営

  • やまとことば講演・セミナー

  • やまとことば神話(古事記)の読み語り

  • やまとことば姓名鑑定

  • 特定非営利活動法人 日本児童教育文化研究所 理事ほか

会計検査院勤務を経て、民間企業で事業企画・事業開発などに携わり、その後独立。

会計検査院在職中、国の事業を検査するため日本全国および海外の現場を訪れる。その経験から、「日本の素晴らしさや独自性を、自分の言葉で語れるようになりたい」「日本人の精神性の根っこには何があるのか」という問いを持ち、日本の歴史・文化を学び始める。

年中行事を入口に、古代文化や縄文文化へと関心を広げ、その探究の中でやまとことばと出会う。

林英臣氏より、発声の仕組みと音の響きを手がかりとするやまとことば一音一音の音義と、その音義による古事記・姓名の読み解きを学ぶ。

現在は、Webサイト「yamatokotoba.jp」の運営・執筆をはじめ、やまとことばに関する講演・セミナー、古事記の読み語り、そして名前を入口に自分自身の持ち味や価値観、在り方を見つめる「やまとことば姓名鑑定」を行っている。

ここから、
やまとことばの世界へ。

​やまとことばについて初めて知った方は、まずはこちらから。​

古事記や一音一音の意味、日本語について、もう少し深く読んでみたい方は、

​そして、「自分の名前にはどんな響きがあるのだろう」と少しでも感じた方は、

​へお進みください。

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写真:2024年に家族と共に歩いた熊野古道小辺路付近の風景。

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