大和言葉の世界観
自分の命を知り、誰かと未来をつくる。
私たちは日々、さまざまなことに悩み、迷いながら生きています。
自分にはどんな価値があるのだろう。
人とどう関わっていけばよいのだろう。
何のために生まれ、何を大切に生きていけばよいのだろう。
こうした問いに向き合うとき、大和言葉は、いつもとは少し違うものの見方を教えてくれます。
大和言葉の世界観では、人も自然も、それぞれが別々に存在しているのではなく、大きなつながりの中で生きていると考えます。
そして、一人ひとりの命には、その人ならではの持ち味があり、それを生かすことで、周りの人や社会とともに成長していけると捉えます。
大和言葉を学ぶことは、昔の日本語を知ることだけではありません。
自分自身を見つめ直し、人との関わりを考え、これからの人生をより豊かに生きるための学びでもあるのです。


1. 自分も、相手も、大切にする
私たちは、ともすると自分の価値を、能力や成果、他人との比較で判断してしまいます。
大和言葉の世界観の出発点には、「自分という存在を肯定する」という考え方があります。
今ここに生きている自分を認めること。そして、自分と同じように、相手にもかけがえのない命があると知ること。
自分を大切にすることと、人を大切にすることは、つながっています。
自分には自分のよさがあり、相手には相手のよさがある。
そんな見方ができるようになると、人との違いも、これまでとは違って見えてくるかもしれません。
2. ものごとを、広く深く見つめる
同じ出来事でも、立場が違えば見え方が変わります。
ある人には困った出来事でも、別の人には新しい可能性の始まりかもしれません。
大和言葉の世界観では、ものごとの一部分だけでなく、全体を見渡すことを大切にします。
また、自分の思い込みにとらわれず、ありのままを見つめ、真実を確かめようとする姿勢を重んじます。
目の前の出来事だけで判断するのではなく、その背景や、周りとのつながりにも目を向けてみる。
見方が変われば、考え方が変わる。考え方が変われば、選ぶ行動も変わっていきます。


3. 自然と、命の営みに気づく
春には芽が出て、夏には育ち、秋には実り、冬には次の春への準備が進みます。
自然は、絶えず変化しながら命を育んでいます。
私たち人間もまた、その自然の一部です。
呼吸し、食べ、眠り、考え、感じながら生きています。
大和言葉の世界観では、自然のありのままの姿を見つめ、命の働きや、心と体のつながりを大切にします。
毎日を忙しく過ごしていると、そうした当たり前のことを忘れがちです。
季節の移ろいに目を向ける。自分の体の声に耳を傾ける。
自分もまた、大きな自然の営みの中で生かされ、生きている。
そのことに気づくと、日々の暮らしにも新しい豊かさが見えてきます。
4. 自分の持ち味を磨き、役割を見つける
人には、それぞれ違った得意なことや、心が動くことがあります。
人の話を聞くことが得意な人。何かをつくることが好きな人。人をまとめることに力を発揮する人。
大和言葉国学では、こうした一人ひとりの持ち味や可能性を大切にします。
大切なのは、誰かと同じになることではなく、自分に備わったものを見つけ、磨き、生かしていくこと。
そして、もう一つ。
「自分は何を手に入れたいか」だけでなく、「自分の命を、何のために使いたいか」を考えることです。
自分の持ち味が誰かの役に立ったとき、そこに自分らしい役割や、生きる喜びが見えてくるのではないでしょうか。


5. 人と結び合い、ともに未来をつくる
私たちは、一人だけでは生きていけません。
家族や友人、地域の人々、そして名前も知らない多くの人の働きによって、日々の暮らしが支えられています。
大和言葉には「むすひ」という大切な考え方があります。
それは、単にものともの、人と人が結ばれるというだけではありません。
結び合うことによって、新しいものが生まれ、育ち、発展していくという考え方です。
人もまた、誰かと力を合わせることで、一人ではできなかったことを実現できます。
そして、この世界は、すでに完成したものではありません。
私たち一人ひとりが、自分の持ち味を生かし、少しずつよりよいものにしていくことができます。
自分の命を生かすことが、誰かの喜びとなり、未来をつくる力になっていく。
そこに、大和言葉の世界観が示す、生き方の大きな可能性があります。
「国学」とは、そして「大和言葉国学」とは
国学とは、江戸時代に発展した、日本の古典を通じて、日本古来の文化やものの見方を探究する学問です。
賀茂真淵や本居宣長らは、『古事記』や『万葉集』などを読み解き、昔の人々がどのような言葉を使い、自然や人間、世界をどのように捉えていたのかを明らかにしようとしました。
ここでご紹介する「大和言葉国学」は、河戸博詞先生の『大和言葉の世界観』をもとに、林英臣先生から学んだものです。
河戸先生は、大和言葉の一音一音に見いだされる意味「音義(おんぎ)」を手がかりに、自然や宇宙、命の成り立ち、そして人間の生き方にまで考察を広げられました。
また、「マナヒ(学び)」とは、ものごとの真実を明らかにし、全体として捉えることだと説かれています。
昔の言葉を知るだけではなく、言葉から世界を見つめ、自分はどう生きるのかを考える。
それが、ここでお伝えしたい大和言葉国学の学びです。
この世界観を支える、大和言葉国学の知恵
こうしたものの見方は、どこから生まれてきたのでしょうか。
大和言葉国学では、言葉の意味や響きを手がかりに、自然や人間、世界の成り立ちを探究していきます。
そこには、私たちが自分の命を見つめ、人と関わり、よりよく生きていくための知恵が込められています。
その中から、大切な考え方をいくつかご紹介します。
マコト
自分を肯定し、真実を大切にする
自分という存在を肯定することから始まり、他者や自然の存在も、ともに肯定していく。そして、見たこと、聞いたこと、感じたことを偽らずに伝え、さまざまな角度から真実を見つめようとする考え方です。
カンナガラ
自然のありのままの姿を見つめる
人も自然も、絶えず動き、変化しながら存在しています。
自分の思い込みにとらわれず、ものごとが本来どのように存在し、どのように働いているのかを、ありのままに見つめる考え方です。
ミナカ・クミ
中心を知り、全体のつながりを観る
「ミナカ」は、あらゆるものには中心があり、その中心を軸に全体が成り立っているという考え方です。「クミ」は、ものごとが互いに組み合わさり、関わり合いながら存在していることを表します。
私たちの命も、祖先から続くつながりや、今をともに生きる人々との関わりの中にあります。一つひとつの存在を大切にしながら、部分だけでなく全体を見渡すことを教えてくれます。
ムスヒ
結び合い、新しいものが生まれる
人と人、ものとものが結び合うことで、新しいものが生まれ、育ち、発展していく。「ムスヒ」は、そうした命や世界の創造的な働きを表す言葉です。
互いの違いを生かし、力を合わせ、ともに新しいものを生み出していくことにつながります。
ミタマ
命の力を知り、可能性を磨く
「ミタマ」は、心と体を別々のものではなく、一つの命として捉える考え方です。
そして「超人観」は、人間に備わった個性や能力を磨き、今の自分に発揮できる力を、さらに高めていこうとする人間観です。
修理固成
(しゅうりこせい)
自分を磨き、世界をよりよくする
『古事記』に登場する「修理固成」は、世界をつくり、整え、固めていくことを表す言葉です。大和言葉国学では、この考え方を、自分自身を磨き、その力を発揮して、未完成の世界をよりよくしていく人間の役割へとつなげています。自分の命を、何のために、どのように生かしていくのか。
これまでの学びを、日々の行動へと結びつける大切な考え方です。
これらは、河戸博詞先生から林英臣先生へと受け継がれた大和言葉国学の世界観をもとにした考え方です。
ことばから、暮らしへ。そして、人生へ。
では、こうした世界観を、私たちの暮らしにどう生かしていけばよいのでしょうか。
その入口となるのが、毎日使っている「ことば」です。
たとえば、誰かの名前を呼ぶこと。
「ありがとう」と感謝を伝えること。
自分の気持ちを、言葉にして伝えること。
あまりにも身近で、普段は意識しないことばの中にも、人と人を結び、自分自身を見つめるきっかけがあります。
大和言葉国学では、一つひとつの音にも意味があると考え、その響きから言葉をひもといていきます。
名前を構成する音を見つめることも、自分や相手の個性について、いつもとは違う角度から考える一つの方法です。
大切なのは、言葉によって性格や運命を決めつけることではありません。
ことばを通じて、自分を知り、相手を知り、日々の生き方を見つめ直すこと。
その小さな気づきが、自分の命を大切にすることにつながり、やがて誰かのために行動する力へと育っていく。
そんな大和言葉の学びを、日々の暮らしの中に届けていきたいと考えています。
自分の命を肯定し、自分らしい役割を見いだし、その命を誰かと未来のために生かしていく。
大和言葉は、私たちにそんな生き方を考えるきっかけを与えてくれます。
まずは、身近な一音から。
普段使っている言葉の響きに、少しだけ目を向けてみませんか。
一つの音をひもとくことから、大和言葉の世界を知る旅が始まります。
※現在、制作中。