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大和言葉「すなほ」に学ぶ、まっすぐな生き方

10月10日
読了時間: 10分

子どもの頃、こんなふうに言われたことはないでしょうか。


「もっと素直になりなさい」


大人になってからも、「素直な人は伸びる」「素直な心が大切だ」といった言葉を耳にします。


ここでいう「素直」とは、いったい何でしょう。


人の言うことをよく聞くことや言われたことに逆らわず、従うこと。

私たちは、どこかそんな意味で使っているかもしれません。


ところが、私が学んできた大和言葉の音義から「すなほ」という言葉をひもとくと、少し違った姿が見えてきます。


それは、ただ人に従うことではなく、

自分に与えられた持ち味を生かし、より大きな調和へ向かって、まっすぐに生きようとする姿勢。


「素直」とは、本来そのような積極性を持つ言葉として読み解けるのです。

今回は「すなほ」という言葉から、人はどう生きるのか、そして何を幸福と感じるのかについて考えてみたいと思います。



「素直」は、古くは「すなほ」と書いた


まず、言葉の歴史を少し見てみましょう。

現在の「すなお」は、歴史的仮名遣いでは「すなほ」と書きます。

この言葉は、古くから日本語の中で使われてきました。


たとえば、平安時代に成立した『古今和歌集』の仮名序にも、

「すなほにして」という表現が登場します。


『日本国語大辞典』などを参照すると、「すなほ」には、飾り気がないこと、心が正直であること、穏やかであること、物事が滞りなく進むこと、そして形がまっすぐであることなど、さまざまな意味が見られます。


「素直」は、もともと人の態度や性格だけを表す言葉ではなかったのです。

ここで注目したいのは、「まっすぐ」という意味です。


なぜ「すなほ」が「まっすぐ」なのか。

ここからは、私が林英臣先生から学んだ、大和言葉の音義によってほどいてみます。

一般的な語源学で確定している説明とは区別しながら、言葉を一音一音までひらいて考えていきます。



「なほ」とは、調和して外へ現れること


「すなほ」を考えるには、まず「なほ」という言葉からみていきましょう。

「なほ」は、現代の「なお」にあたり、「直」という漢字でも表されます。

古い日本語には、「なほ」に、まっすぐで曲がっていないという意味があります。

そして、私が学んできた音義から、この「なほ」を、

ナ + ホ

という二つの音に分けて考えます。



「ナ」――調和し、一つになる音

「な」は、調和を表す音として読み解きます。

たとえば、

和やか(なごやか)。

滑らか(なめらか)。

人と人との間が和やかになる。

でこぼこしていたものが、滑らかになる。

そこには、ばらばらだったものや、互いにぶつかっていたものが、調和した状態へ向かうイメージがあります。

私が学んだ音義で「ナ」が表すのは、こうした調和し、一体となる働きです。



「ホ」――内にあるものが外へ現れる音

では、「ほ」はどうでしょう。

稲穂(いなほ)。

炎(ほのお)。

稲穂は、稲が育ち、やがて実りを外に現した姿です。

炎は、燃えるものから立ち上がり、外へ伸びていきます。

音義では、「ホ」に、内側にあるものが外へ現れ、出ていく働きを読みます。

この二つの音を重ねてみましょう。

「ナ」は、調和する。

「ホ」は、外へ現れる。

つまり、

「なほ」とは、調和した状態が、そのまま外へ現れていくこと。

そのように読み解くことができます。



「直す」と「治す」がつながる理由


身近な言葉を思い浮かべてみてください。

曲がったものを「直す」。

壊れたものを「直す」。

病気を「治す」。

漢字は違っても、どちらも「なおす」と読みます。


物の形を直すことと、病気を治すことは、まったく異なる働きとも言えますが、

しかし、そこにある共通性に目を向けてみると、


曲がったものを直すのは、本来あるべき形へ整えること。

壊れたものを直すのは、それぞれの部分が再びうまく働くようにすること。

病気を治すのは、身体の働きや状態が回復へ向かうことです。


音義の立場から眺めると、これらに通じているのは、

調和した状態へ向かい、整っていくこと。

という一つの方向性です。


「なおす」という言葉を、単に悪いところを修正することとして見るのではなく、調和へ向かう働きとして見てみる。

すると、何気なく使っている「直す」「治す」の向こうに、共通する世界が見えてきます。



「すなほ」とは、調和する方向へ自ら進むこと


では、ここに「す」が加わると、どうなるでしょう。

「すなほ」。


音義では、「ス」を、すっと外へ出ていく、進み出る働きとして捉えます。

「なほ」が、調和して外へ現れていくことならば、

「すなほ」は、その調和する方向へ、まっすぐに進み出ていくこと。

ここに、「素直」という言葉の重要な意味が現れます。


それは、周囲の人に言われるがままに従うということではなく、。

自分の心を偽らず、物事をよく見つめ、自ら進むべき方向を見いだしていくことです。


ときには人の意見に耳を傾け、自分の考えを改めることも必要でしょう。

でも、それはただ従うのではありません。


自分と相手、そして周囲の状況をよく見て、よりよい方向を見つけるためです。

つまり、自分の心と行動を一致させ、よりよく生きるために自ら動くこと。

私は、この積極的な捉え方に、大和言葉の人生観のおもしろさがあると感じています。



「もっと素直になりなさい」は、人生への励まし


ここまで考えてくると、最初の言葉の意味が変わってきます。

「もっと素直になりなさい」

それは、ただ「人の言うことを聞きなさい」という意味ではなくなります。

あなたには、まだ生かしきれていない持ち味があるのではないか。

本来の自分らしさを、もっと発揮できるのではないか。

自分のことだけでなく、周囲の人や社会とのつながりの中で、もっと大きな役割を果たせるのではないか。

そうした励ましとして、この言葉を考えることができます。

私が林英臣先生から学んだ大和言葉の人生観では、「天性」や「天分」を生かすことが大切にされます。

生まれながらに備わった性質。

その人ならではの持ち味。

人生を通して育ててきた力。

それらを、自分のためだけでなく、人や社会との関わりの中で、どのように生かしていくのか。

さらには、時代や歴史、宇宙という大きなつながりの中で、自分はどのような生き方をしていくのか。

そう問いかけていくのです。

「もっと素直に生きなさい」とは、

もっと自分の可能性を生かしなさい。もっと大きな生き方をしなさい。

という励ましでもあるのでしょう。

このように考えると、「素直」という言葉が、ずいぶん力強く感じられてきませんか。



感動できる人生こそ、豊かな人生ではないか


もう一つ、「すなほ」に欠かせないものがあります。

それは、素直な感性です。


物事を、あるがままに見つめること。

そして、心が動くこと。


朝日や、夜空に輝く星々。

道端に咲く花。

季節の移ろいを知らせる風の匂い。

あるいは、人との何気ない会話の中でかけられた一言。

心を揺さぶられる一冊の本。

私たちの周囲には、感動につながるものがたくさんあります。

でも、毎日の生活に追われていると、そんなことに気づかずに通り過ぎてしまうこともあります。


同じ景色を見ても、何も感じない日もあれば、思わず立ち止まってしまう日もある。

景色が変わったのではなく、自分の心のあり方が違うのかもしれません。

私は、感動できるということは、人が生きていくうえで、とても大切な力だと思っています。


「ああ、きれいだな」

「こんなことがあるんだ」

「この人は、なんて素晴らしいのだろう」


そんなふうに心が動くと、もっと知りたいことが増えて、また新しい発見につながっていく。そして、自分と世界との関わり方が少しずつ変わっていく。


心に余裕のない日ももちろんありますし、

心が動かないときがあっても、それが悪いわけではありません。


それでも、自分の周囲にあるものをもう一度見つめることは、日々の暮らしを豊かにする一つの入口になると思うのです。



素直な感性は、人への共感にもつながる


そして、この感性は、自然や芸術に対してだけではなく、人との関わりの中でも、大切な働きをします。

たとえば、誰かが自分の悩みを話してくれたとき。

私たちは、つい自分の経験や考え方をもとに、すぐ答えを出そうとしてしまいます。

「それは、こうした方がいいよ」

「私だったら、そうはしないけど」

助言が役立つこともあるでしょう。でも、その前に大切なことがあると思うのです。

この人は、なぜそう感じたのだろう。何を大切にしているのだろう。

どんな思いで、ここまで歩んできたのだろう。


自分の考えをいったん脇に置いて、相手の言葉に耳を傾けてみる。

そうすることによって、それまで気づかなかった相手の気持ちや、その人なりの事情が見えてくることがあります。


これもまた、素直な感性の一つでしょう。

共感とは、相手と同じ意見になることではありません。

相手のことを、相手の立場から理解しようとすることです。


私たちは誰でも、自分のことを分かってくれる人に出会うと、うれしいものです。

自分をよく見せようとしなくても、安心して話せる。


考え方が違っていても、お互いを尊重できる。

そんな関係を育てていくうえでも、素直な感性は大切なのだと思います。

「すなほ」が調和へ向かう姿勢であるならば、それは自分自身の生き方だけでなく、人との関係を整えていく力でもあるのです。



自分だけを見るのではなく、「すべて」を見つめる


では、どうすれば、さらに「すなほ」に生きられるのでしょうか。

ここで、もう一つ大切になるのが、「全体を見る」ということです。


私たちは、とかく自分の立場から物事を考えがちです。

自分にとって得か、損か。

自分の考えが正しいか、間違っているか。

自分の望みがかなうか、かなわないか。


自分の気持ちや考えを大切にすることは必要ですが、目の前のことだけにとらわれていると、周囲との関わりや、もっと大きな流れを見失ってしまうことがあります。


自分は、家族や友人、地域や社会、自然との関係の中で生きています。

自分の行動は誰かに影響し、誰かの行動もまた自分に影響します。

そうしたつながりを見つめると、自分にとっての「正しさ」が、それだけで十分とは限らないことに気づきます。


部分だけでなく、そのつながりまで見ていく。

そこから、より大きな調和を考えることができるのでしょう。

大和言葉の人生観では、この全体を見つめる考え方が「すべて」という言葉へとつながっていきます。

「すべて」とは何か。

それは、次の機会に改めてひもといてみたいと思います。



あなたにとって、「素直に生きる」とは


「素直」という、あまりにも身近な言葉。

その言葉を一音一音から見つめていくと、調和すること、自ら進み出ること、天性や天分を生かすこと、感動すること、そして人と共感することへと、話が広がってきました。


ただ人に従うのではなく、自分の心と行動をまっすぐにつないでいく。

自分の持ち味を生かしながら、周囲とのよりよい関係を築いていく。

そして、自然や人の営みに心を動かしながら生きていく。

そんな生き方こそが「すなほ」なのだろうと思います。



あなたが、今よりもっと素直に生きるとしたら、どんな自分でありたいでしょうか。


人に合わせることでも、無理に自分を変えることでもなく。

自分の中にすでにあるものを、もっと生かしていく。

そのために、今日からできることは何でしょう。


何気なく使っている言葉の中には、私たちの生き方を見つめ直す手がかりが隠れています。

大和言葉を学ぶおもしろさは、言葉の意味を知って終わることではありません。

言葉を知ることで、自分自身や世界の見え方が少し変わっていくこと。

「すなほ」という三つの音もまた、その入口の一つなのだと思います。



この記事について


本記事は、私が林英臣先生から学んだ大和言葉の音義と人生観をもとに、「すなほ」の意味を現代の暮らしに重ねながら再構成したものです。


歴史的仮名遣いや古典における「すなほ」「なほ」の用法については、『精選版 日本国語大辞典』『デジタル大辞泉』などを参照しています。

なお、「ナ=調和」「ホ=外へ現れる」「ス=進み出る」という説明は、大和言葉の音義による読み解きであり、現代言語学で確定した語源を示すものではありません。


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