「言霊の幸はふ国」とは?『万葉集』に残る三つの「言霊」を読み解く
- 山本 幸臣

- 8月14日
- 読了時間: 10分

日本は、「言霊の幸はふ国」である。
言霊について調べていると、よく目にする言葉です。
「日本では昔から、言葉には力があると信じられてきた」「良い言葉を口にすれば、良いことが起こる」
そんな説明とともに紹介されることもあります。
けれども、「言霊の幸はふ国」という言葉が実際にどのような場面で詠まれたのかを『万葉集』まで遡ってみると、少し違う景色が見えてきます。
実は、『万葉集』の中で「言霊」という語が確認できるのは、わずか三例です。
奈良県立万葉文化館と國學院大學のデータベースは、ともに巻5・894、巻11・2506、巻13・3254の三例を挙げています。
しかも、その三つは同じ場面ではありません。
一つは、危険な海を越えて唐へ向かう人の無事を願う歌。
一つは、恋の行方を占う歌。
そしてもう一つは、旅立つ人に「無事でいてほしい」と言葉を送る歌です。
たった三つの用例を、その文脈ごと丁寧に読んでみると、「言霊=ポジティブな言葉で願いを叶える力」という現代的な説明だけでは捉えきれない、古代のことば観が浮かび上がってきます。
『万葉集』に「言霊」は三回だけ登場する
まず三つの歌を確認しておきましょう。
巻5・894 山上憶良
言霊の幸はふ国と語り継ぎ言ひ継がひけり
巻11・2506 柿本人麻呂歌集所出
言霊の八十の衢に夕占問ひ占正に告る妹は相寄らむ
巻13・3254 柿本人麻呂歌集所出
磯城島の大和の国は言霊の助くる国ぞま幸くありこそ
三つとも「言霊」という同じ言葉を使っています。
しかし、歌われている状況はかなり異なります。
だからこそ、「言霊とはこういうものだった」と最初から一つの意味に決めてしまうのではなく、まずそれぞれの歌を、その置かれた場面から読んでみたいと思います。
第一の言霊――「言霊の幸はふ国」
最もよく知られているのが、山上憶良の「好去好来歌(こうきょこうらいのうた)」です。
『万葉集』巻5・894に収められています。
冒頭には、
神代より言ひ伝て来らくそらみつ大和の国は皇神の厳しき国言霊の幸はふ国と語り継ぎ言ひ継がひけり
とあります。
「幸はふ(さきはふ)」には、幸運に恵まれる、豊かに栄えるという意味があります。
したがって、「言霊の幸はふ国」は、言霊によって幸いがもたらされ、栄える国、といった意味に読むことができます。
しかし、この部分だけを切り取ると、この歌の大切な背景が見えなくなります。
これは「願望実現」の歌ではなく、旅の無事を祈る歌だった
この歌に付された注記から、天平5年(733)3月、唐へ向かう遣唐大使に山上憶良が贈った歌であることが確認できます。
当時の遣唐使にとって、海を渡ることは命を伴う旅でした。
だから憶良は、ただ「日本には言霊がある」と述べているのではありません。
歌はその後、
海辺にも沖にも鎮まる神々が船を導き、天地の神々や大和の大国御魂が空から見守り、使命を終えた船が再び無事に大伴の御津へ戻ってくるように、と続いていきます。
つまり、この歌の中では、
言霊神々大和の国祈り航海の安全
が、互いに切り離せないかたちで結びついています。
ここから「良い言葉を言えば何でも叶う」と読むのは、少し飛躍があるように思います。
むしろ、
ことばによって、旅立つ人の無事を願い、その願いを神々や国の守りの中へ託す。
そうした祈りの場面で、「言霊の幸はふ国」という言葉が使われていることが重要なのではないでしょうか。
「言霊」は、誰のことばにも宿るものだったのか
ここには、研究上も興味深い論点があります。
國學院大學の「万葉神事語辞典」で辰巳正明氏は、巻5・894と巻13・3254について、「言霊」が大和という国や皇神の働きと深く結びついていることに注目しています。
そして、古代の言霊を、単に「すべての人間のあらゆる言葉に同じように宿る力」と理解することには慎重な見方を示しています。
一方、一般的な国語辞典や百科事典では、言霊を「言葉に宿り、その内容を現実化すると信じられた霊力」と広く説明しています。
つまり、古代の「言霊」がどの範囲の言葉に、どのように働くものと考えられていたのかについては、説明の重点が一つに定まっているわけではありません。
ここは、「昔の日本人はこう信じていた」と単純に言い切らない方がよいところだと思います。
第二の言霊――「言霊の八十の衢」
二つ目は、まったく違った場面に現れます。
『万葉集』巻11・2506です。
言霊の八十の衢に夕占問ひ占正に告る妹は相寄らむ
奈良県立万葉文化館では、
「言霊にみちた多くの辻で夕占をたずねたところ、占いは、恋しい女性が自分になびくだろうと告げた」
という趣旨に訳されています。
「八十の衢(やそのちまた)」とは、多くの道が交わる辻。
そして「夕占(ゆうけ)」とは、夕方に辻や門の近くで行われた占いです。
一つ目の歌では、国家や神々、遣唐使の旅という大きな世界の中に「言霊」がありました。
ところがここでは、
一人の人間の恋
という、とても身近な世界に言霊が現れます。
この違いは興味深いところです。
夕占では、本当に「通行人の言葉」を聞いたのか
夕占については、
「夕方、辻に立って、偶然通りかかった人の言葉を聞き、その内容によって吉凶を占った」
と説明されることがよくあります。
これは分かりやすい説明なのですが、少し注意が必要です。
國學院大學の「万葉神事語辞典」は、万葉集の時代に夕占が具体的にどのような方法で行われたのかは分かっていないとしています。
後世の『二中歴』には、人の声を聞いて吉凶を判断する方法が記されています。
そのため、万葉集の夕占についても同様の方法だったと説明されることが多いのですが、上代の資料そのものには、その手順までは記されていません。
確実に言えるのは、
夕方に行われた
辻や門の近くで行われた
万葉集では恋愛に関する歌に多く登場する
というところまでです。
ここから先は推定を含みます。
これは小さな違いのようですが、古代のことばを考えるときには大切な線引きだと思います。
分からないことを、分かったことにしない。
そのうえで想像する。
古典を読む面白さは、そこにもあります。
第三の言霊――「言霊の助くる国」
三つ目は、『万葉集』巻13・3254です。
磯城島の大和の国は言霊の助くる国ぞま幸くありこそ
奈良県立万葉文化館は、
「大和の国は言霊が人を助ける国である。どうか無事であってほしい」
という趣旨に訳しています。
一見すると、最初の「言霊の幸はふ国」とよく似ています。
しかし、この歌は単独で読むよりも、直前の長歌と合わせて読むと、さらに興味深くなります。
直前の3253番歌には、
葦原の瑞穂の国は神ながら言挙せぬ国然れども言挙ぞ我がする
とあります。
大意をとれば、
この国は、本来ことさらに言葉を言い立てることをしない国である。それでも私は、あえて言葉にして願う。
ということです。
何を願うのでしょうか。
「ま幸くませ」。
どうか無事でいてください。
旅立つ人へ向けた言葉です。
そして、その反歌として、
「大和の国は、言霊の助くる国なのだから、どうか無事でいてほしい」
と続くのです。
言葉に力があるからこそ、言葉を慎む
この二首を続けて読むと、とても興味深い構図が見えてきます。
「言挙げせぬ国」
でありながら、
「言霊の助くる国」
でもある。
一見すると矛盾しているようです。
けれども、私はむしろ、この二つが表裏一体なのではないかと感じています。
ここからは、史料そのものの説明ではなく、私自身の考察です。
もし、ことばを単なる音や情報だと思っているなら、何を口にしても、それほど大きな問題にはならないでしょう。
しかし、口から出したことばには何らかの働きがある、と感じているなら、
何を言うのか。
いつ言うのか。
誰に向かって言うのか。
そして、ときには、言わないのか。
その一つ一つが重くなります。
だから、
「ことばに力がある」と考えることと、「ことばを慎む」ことは、矛盾しない。
むしろ、同じ感覚の二つの側面なのかもしれません。
もちろん、この読み方を古代日本人全体の思想として断定することはできません。
けれども、少なくとも3253・3254番歌では、「言挙げを慎むこと」と「言霊に助けを願うこと」が、隣り合って歌われています。
そこには、現代の「思ったことは何でも口に出そう」という感覚とは少し違う、ことばとの距離感が感じられます。
三つの「言霊」を並べると見えてくるもの
改めて、三つの用例を並べてみます。
巻5・894
「言霊の幸はふ国」
遣唐使の無事を願う歌。神々、大和の国、航海の安全と結びついている。
巻11・2506
「言霊の八十の衢」
恋の行方を問う夕占の歌。辻、占い、ことばが結びついている。
巻13・3254
「言霊の助くる国」
旅立つ人の無事を願う歌。直前には「言挙げせぬ国」と「それでも私は言挙げする」という長歌が置かれている。
こうして見ると、『万葉集』に現れる「言霊」は、
「ポジティブな言葉を言えば、良い現実を引き寄せる」
という一つの公式には収まりません。
祈り。
神々。
国。
旅。
占い。
恋。
そして、言葉を発することへの慎み。
いくつもの要素が重なっています。
「三例しかない」ことを、どう考えればよいのか
ここでも注意が必要です。
『万葉集』に「言霊」という語が三例しかないからといって、
古代日本に言葉の霊的な働きを信じる考えがほとんどなかった
とは言えません。
「言霊」という単語が使われていることと、言葉に特別な働きを認める観念が存在することは、同じ問題ではないからです。
佐佐木隆氏は『言霊とは何か―古代日本人の信仰を読み解く』で、『万葉集』だけでなく、『古事記』『日本書紀』『風土記』などに現れるさまざまな発話の事例から、古代の言葉と霊力との関係を検討しています。
ですから、
「言霊」という語そのものを調べること
と、
古代の人々が、ことばにどのような働きを感じていたのかを調べること
は分けて考えた方がよいのだろうと思います。
これは次に『古事記』と言霊との関係を考えるときにも、非常に重要なポイントになります。
「言霊の幸はふ国」を、今の私たちはどう受け取るか
私は、やまとことばを学び、伝える中で、「ことばの力」という表現を使うことがあります。
だからこそ、このような古典を扱うときには、慎重でありたいと思っています。
『万葉集』に「言霊の幸はふ国」と書かれている。
だから、
「やまとことばの一音一音には、科学的に証明された力がある」
ということにはなりません。
また、
「昔の日本人は、良い言葉を言えば願いが叶うと信じていた」
と単純に言い切ることもできません。
史料から確認できること。
研究者がそこから読み取っていること。
そして、私自身がそこから感じ、考えること。
それぞれを分けながら見ていく。
その方が、ことばの世界はむしろ豊かになるように思います。
三つしか残されていない「言霊」の用例を丁寧にたどってみるだけでも、
ことばは、
祈りになり、
占いになり、
人の無事を願うものになり、
そして、ときには、あえて口にしないものにもなる。
そんな古代のことばとの付き合い方が見えてきます。
「言霊の幸はふ国」。
この言葉を、
「良い言葉を使えば良いことが起きる国」
とだけ読むのではなく、
「ことばというものを、それほど軽くは扱わなかった人々の国」
と考えてみる。
そこから、いま私たち自身が使っている「ことば」についても、新しい問いが生まれてくるのではないでしょうか。
参考文献・参照資料
奈良県立万葉文化館「万葉百科」巻5・894、巻11・2506、巻13・3253、巻13・3254、「言霊」
國學院大學デジタル・ミュージアム「万葉神事語辞典 ことだま」
國學院大學デジタル・ミュージアム「万葉神事語辞典 ゆうけ」
近藤信義「『万葉集』と信仰―言霊と技法」『国文学 解釈と鑑賞』65巻10号、2000年
佐藤文義「山上憶良と『言霊』表記―『好去好来歌』を中心に―」『小樽女子短期大学研究紀要』13号、1982年
丹羽晃子「好去好来歌における『言霊』の語について」『早稲田大学大学院文学研究科紀要別冊 文学・芸術学』19号、1993年
佐佐木隆『言霊とは何か―古代日本人の信仰を読み解く』中公新書、2013年
鎌田東二『言霊の思想』青土社、2017年
あわせて読みたい
→ 言霊について、万葉集・古事記・現代の研究まで含めた全体像を読む
古事記に「言霊」は出てくる?研究論文から考える古事記と言霊信仰
→ 「言霊」という語がない『古事記』から、なぜ言霊信仰を論じることができるのかを考える


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