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「アマ」とは何か――やまとことばの「マ」から考える、時間・空間・宇宙

天の川の下で星を眺める
天の川を仰ぐ

「アマ」という音を聞いて、あなたは何を思い浮かべますか。


現代では、そのまま一つの言葉として使うことはあまりないかもしれません。


でも、

天の川(あまのがわ)

天つ風(あまつかぜ)

天降る(あまくだる)


そして、日本神話の

天照大御神(アマテラスオオミカミ)

天之御中主神(アマノミナカヌシノカミ)

高天原(タカアマハラ)

など、「アマ」は古い日本語や神々の名のなかに、今も数多く残っています。


では、「アマ」とは何なのでしょう。


辞書をひけば、「天」「空」と説明されています。


ところが、やまとことばを一音一音から読み解いていく音義の世界では、もう一歩踏み込み、「アマ」を宇宙そのものを表す言葉として捉えます。


その鍵になるのが、

「マ」

という、たった一つの音です。


「マ」を追っていくと、私たちが普段まったく別のものとして考えている「時間」と「空間」が、不思議なところでつながり始めます。




「アマ」は、古くから「天」を表してきた


まず、歴史的に確認できるところから見てみましょう。

「アマ」は古い日本語で「天」を表す言葉です。

国語辞典では、「あま」は「あめ(天)」の古形、あるいは母音交替形とされ、広々とした大空や天上を意味する語として説明されています。『日本書紀』にも「阿摩(アマ)」という表記が見られます。


また、「アマ」は単独で使われるだけでなく、

  • アマノ――天の

  • アマツ――天つ

  • アマクダル――天降る

など、ほかの言葉と結びつく形でも使われてきました。


ですから、

「アマが天を意味する古い日本語である」

というところまでは、一般的な国語学・辞書の世界でも確認できます。


では、ここから「アマ=宇宙」という読みは、どのように生まれるのでしょうか。

ここから先は、やまとことばの音義による読み解きの領域に入ります。




「アマ」を一音ずつ読んでみる


やまとことばの音義では、言葉を意味のまとまりだけでなく、一音一音に分けて考えていきます。


「アマ」なら、

ア + マ

です。


「ア」は、口を大きく開いて発する母音です。

何かに気づいたとき、驚いたときにも、

「あっ」

と声が出ます。

音義では、ここに開く・広がるといった方向性を読みます。


では、「マ」はどうでしょう。

実はこの「マ」は、現代の日本語にも非常に興味深い形で残っています。




「マ」は、時間にも空間にも使われる


たとえば、

束の間

という言葉があります。

これは「ごく短い時間」という意味です。『万葉集』にも用例が確認される古い表現です。


間に合う、合間、間もなく

の「間」も、時間に関係しています。


ところが、

間取り、居間、床の間

となれば、今度は空間です。


さらに、

間合い

という言葉があります。


武道なら相手との距離という空間的な意味を持ちながら、技を出すタイミングという時間的な意味も重なってきます。


辞書でも「間(ま)」には、時間的・空間的な「あいだ」の両方に加えて、「ころあい」や、音楽・演劇における時間的間隔などの意味が記されています。


考えてみると、なかなか面白いと思いませんか。


私たちは日常生活のなかで、

時間の「ま」

空間の「ま」

を、同じ「マ」という音で表しているのです。



なぜ、時間と空間が同じ「マ」なのか


時計で測る時間と、ものさしで測る空間。

現代の感覚では、別のものに思えます。

ところが河戸博詞の『大和言葉の世界観』では、ここに日本語の世界観を読み取ります。

時間と空間がともに「マ」と表現されるのは、偶然ではない。


その根底にあるものを、

「変化活動」

として捉えるのです。


少し難しく聞こえるので、身近な例で考えてみましょう。



桜が咲くところを想像してみる


冬のあいだ、枝だけだった桜の木があります。

春が近づくと、蕾がふくらみます。

やがて花が開き、枝いっぱいに桜が広がります。

そして花びらが散り、新緑へと変わっていきます。


私たちは、この変化を、

「一週間経った」

「春になった」

と捉えれば、時間として認識します。


一方で、

「枝いっぱいに花が広がった」

と捉えれば、空間の変化として認識します。


しかし、実際に起きていることは別々ではありません。

そこにあるのは、

桜が刻々と変化しているという一つの出来事

です。


時間と空間は、その変化を異なる側面から捉えたものではないか。

これが、『大和言葉の世界観』で提示される「時空不二」という考え方です。講義資料では、空間と時間を森羅万象の活動・変化を「表」から見るか「裏」から見るかの違いとして説明しています。



「アマ」を「宇宙」と読む


ここまで来ると、「アマ」という言葉の読み方が少し変わってきます。

音義では、「マ」を単なる隙間ではなく、

時間と空間を含む「時空」

として捉えます。


そして、その「マ」が大きく開かれ、広がっているものとして「アマ」を捉える。

そこから、

アマ=時空の広がり=宇宙

という読みが導かれます。


河戸博詞の『大和言葉の世界観』、そしてそれを継承する林英臣の講義では、この意味で「アマ」を「宇宙」と読み解いています。講義では、宇宙を時間と空間という別々の容器としてではなく、「変化活動」が広がり続けるものとして説明しています。

ここで一つ、大切なことがあります。

これは、

「アマという語の語源が、学術的に『宇宙』と証明されている」

という意味ではありません。


国語学的に確認できるのは、「アマ」が古くから「天・空」を表してきたことです。

そこから一音一音の響きを手がかりに、古代の日本人が世界をどう捉えていたのかを読み解こうとするのが、ここで紹介しているやまとことば音義学の世界観です。


歴史的に確認できることと、音義から読み解くこと。

この二つを分けて考えることで、やまとことばの世界をより深く味わうことができます。



古事記の「アマ」を読み直してみる


この視点を持って『古事記』を開くと、神々の名前も少し違って見えてきます。

古事記の冒頭。

天地が初めて現れたとき、最初に登場する神が、

天之御中主神(アマノミナカヌシノカミ)

です。

一般には「天の中央を主宰する神」といった意味に解されます。

ところが音義から、

アマ=宇宙

と読んでみると、

アマノミナカヌシという御神名は、

宇宙の中心にある根源的な働き

を表しているようにも見えてきます。


さらに、

高天原(タカアマハラ)

の「アマ」にも同じ音があります。


こうして御神名を一音ずつ追っていくと、『古事記』は単に人間の姿をした神々の物語ではなく、世界がどのように生まれ、どのように動いているのかを言葉で表現した物語として読むこともできるようになります。

これは、やまとことばから『古事記』を読む面白さの一つです。

※アマノミナカヌシやタカアマハラの音義については、それぞれ別の記事で詳しく扱います。



時間は、本当に「流れている」のだろうか


「マ」の話には、もう一つ興味深い展開があります。

私たちは普通、

過去 → 現在 → 未来

という一本の線の上を、時間が流れていくように考えます。


昨日が今日をつくり、今日が明日をつくる。

そう考えるのが自然です。

ところが『大和言葉の世界観』では、少し違う方向から時間を見ます。


過去とは、かつて「今」だったものの積み重なり。

そして、

未来も、やがて一瞬ずつ「今」になるもの。


つまり、私たちが実際に生きることができるのは、

いつでも、だけです。



「中今(ナカイマ)」――私たちが生きている場所


ここで現れるのが、

中今(ナカイマ)

という考え方です。


林英臣の講義では、時空について考えることは最終的に「今をどう生きるか」という人生観へつながっていきます。

過去そのものを変えることはできません。


しかし、今の自分が変われば、過去の出来事に与える意味は変わることがあります。


「あの失敗さえなければ」

と思っていた経験が、

何年か後には、

「あれがあったから、今の自分がある」

と思えることもあります。


同じ過去です。

けれども、「今」が変わったことで、その過去の意味が変わったのです。

未来も同じです。

未来は、まだどこかに完成した形で置かれているわけではありません。

これから訪れる「今」を、私たちがどう生きるかによって形になっていきます。


「今どう生きるかによって過去の意味を変え、未来を切り替えていく」 これが「中今に生きる」という人生観です。


中今を解説した図
中今(ナカイマ)解説図


「アマ」を知ることは、「今」を知ること


最初は、「アマとは何か」という言葉の話でした。


ところが「アマ」を一音ずつ見ていくと、

アマ時間と空間変化自分は今をどう生きるのか

と、話がつながっていきます。


実におもしろいと思いませんか。

昔の言葉の意味を暗記することだけが、やまとことばを知ることではありません。


一つの音を入口に、

昔の日本人は、世界をどう見ていたのだろう。

自然をどう感じていたのだろう。

人間を、生命を、時間をどう捉えていたのだろう。

と考えてみる。


そして最後には、

では、自分はどう生きるのか。

という問いへ戻ってくる。


「アマ」というわずか二音の言葉の向こうには、そんな大きな世界が広がっています。


次に夜空を見上げたとき、

「宇宙」という漢語だけでなく、

「アマ」

という古い日本の音を、思い出してみてください。

いつもと同じ空が、少し違って見えるかもしれません。



この記事について


本稿は、河戸博詞『大和言葉の世界観 第六講「アマ(時空)」』および、その内容を林英臣氏が解説した「やまとことば国學の世界観」の講義をもとに、一般的な国語辞典・古語資料等で確認できる内容と区別しながら再構成したものです。原講義では、時間と空間を「変化活動」の異なる捉え方とし、「マ」の一音から時空・宇宙・中今へと展開する世界観が論じられています。

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